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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)242号 判決

控訴人

三成商事株式会社

右代表者

後藤一平

外一名

右訴訟代理人

滝谷滉

被控訴人

協立証券株式会社

右代表者

野村菊衛

右訴訟代理人

後藤末太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因(一)の事実、および同(二)の事実中被控訴人が本件株券預かり証を発行して浜崎茂に交付していたこと、同(三)の事実中被控訴人が昭和四八年六月二日または四日、浜崎から本件株券預かり証の紛失届、大沢の印鑑証明書等の提出により本件株券の交付を求められたので、本件株券を浜崎に引渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すれば、大沢堅吾は、被控訴人の顕客で、昭和四八年初め頃から本人または大沢佐代子その他の名義をもつて、たびたび被控訴人に対し株式取引を委託していたが、昭和四八年五月、浜崎を通じ、大沢佐代子名義で本件株券の買付けを依頼したので、同月二八日被控訴人は本件株券を代金五八八万円で買い付け、同月三一日、その決済のため、浜崎を通じて大沢から有限会社丸藤工業(代表者、大沢)提出の額面五八八万円の小切手の交付を受け、右小切手の支払いがあるまで一時預かりの趣旨で本件株券を保管し本件株券預かり証を発行して、これを浜崎に交付したことが認められる。

三一方、〈証拠〉を総合すれば、浜崎は歩合制の外務員であることから、日頃顧客へのサービスの趣旨で株券取引の受渡期間内において買代金の立替払い、売代金の即時払い等に充てる目的で、自己名義で顧客の株券(まれには株券預かり証)を担保として、控訴人から短期融資を受けており、大沢についても、たびたびかような融資を得、その都度返済して来たものであるが、昭和四八年五月末頃には大沢に対する被控訴人の立替金債権が多額に達し、被控訴人からその決済を求められたことから、その用に充てるため、同月三一日、控訴人に対し、本件株券預かり証を担保として差入れるから融資されたい旨申し込み、控訴人にこれを預け、かつ浜崎振出の約束手形二通額面合計六二〇万円を差入れたうえ、控訴人から金六二〇万円を弁済期同年六月五日の約で借り受けたことが認められる。

四次に、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

大沢堅吾は、昭和四八年六月一日、被控訴人会社を訪れて、前記五八八万円の小切手を落とす見込みがないから依頼返却の手続をとつてほしい旨申し入れたので、被控訴人は、すでに取立てに廻していた右小切手につき、右の手続をとり翌六月二日依頼返却を受けた。そこで大沢は本件株券の買代金五八八万円を早急に支払うことができなくなり、右金額は被控訴人の立替金となつて、本件株券の引渡しを得られなくなるので、これを知つた浜崎は、このうえは本件株券を他に任意に売却してその代金を右買代金の決済に充てるほかはないと考え、大沢と相談のうえ、同日(六月二日)、本件株券預かり証を遺失したことにし、その旨の虚偽の喪失届を大沢名義で作成し、大沢の印鑑証明書および念書とともに被控訴人に提出し、本件株券預かり証は発見次第返却する旨約し、一方、急遽本件株券を被控訴人を通さず丸信商事に代金五五五万三、二〇〇円で売却し、その売得金に浜崎みずからの金を足して、五八八万円を被控訴人に支払つたうえ、被控訴人に本件株券の交付を求めたので、被控訴人は浜崎に本件株券を引渡し、浜崎はこれを丸信商事に引渡した。これによつて、控訴人に対しては借入金の弁済も本件株券の交付も不能となり、現在までその弁済はされておらず、浜崎も大沢もその資力はなく、結局控訴人は六二〇万円の損害を受けた。

以上のとおり認められる。

五以上の事実関係に基づき、控訴人は被控訴人に対し、不法行為による損害賠償を求めるので、まず浜崎の前記行為が控訴人に対する不法行為にあたるかどうかを検討する。

前記認定事実によれば、本件株券の買付代金五八八万円については、大沢から小切手が被控訴人に交付されており、その支払いが出来ないことが浜崎に判明したのは、控訴人が浜崎に六二〇万円を貸しつけた翌日の六月一日であり、その後において浜崎が本件株券を他に任意売却することを計画したことは前記のとおりであつて、浜崎が当初からこのことを予想して控訴人から融資を受けたものと認めるに足りる証拠はない。もつとも大沢についての株式取引はかなりきわどいものであり、〈証拠〉によれば、五月二八日には立替金も多額となつたので、被控訴人から大沢の取引は以後見合わせるよう浜崎に指示していたことが認められることからすれば、当時大沢の資金状況には危惧が感じられたはずであるが、従前の大沢の取引および控訴人からの浜崎の借入れはすべて決済されて事故もなかつたことを考え合わせれば、浜崎としては、大沢の小切手が支払不能であり、したがつて本件株券を控訴人に引渡すことも弁済することもできないことを認識しながら、本件株券預かり証を差入れることによつて、控訴人を錯誤に陥れたうえ本件借入れをなしたものであるとは、いまだ認めることはできない。したがつて、浜崎の本件借入れ行為をとらえ、控訴人に対する不法行為ということはできない。

次に、浜崎の虚偽の届出による本件株券の受交付、処分の行為が別に控訴人に対する不法行為(控訴人はこれを横領に準ずる行為と主張する。)となるかどうかをみるに、本件株券預かり証は、その方式、内容からみて、単に本件株券を預かつた旨の証書にほかならず、本件株券ないし本件株券引渡請求権が表象された文書ではなく、さらにその裏面に本件株券預かり証を譲渡質入れ、担保提供することはできない旨明記されているから、控訴人が本件貸金のため本件株券預かり証の差入れを受け保管したというだけでは、本件株券ないしその引渡請求権の上に質権その他の担保権を取得するものではなく、したがつて浜崎の前記行為は、担保物毀滅、横領等、控訴人の権利を侵害する不法行為とはならないというべきである。ただ、本件株券の交付を受けるためには原則として本件株券預かり証が必要であることから、控訴人がこれを保管することにより浜崎に心理的圧迫を加えて間接に弁済を促がすいわゆる留置的作用があり、その意味では本件株券預かり証の紙片自体が担保になつていたといいうるが、元来留置的作用は、右のような債務者の心理的圧迫が存するとの事実状態に依拠して、債権者に弁済の期待を抱かせるものにとどまり、それ以上債権者に独自の担保価値を把握させるものではないから、債務者が、その担保物の必要性を解消させて心理的圧迫から免れたとしても、これをもつて担保物毀滅行為ということはできず、この点においても、浜崎の前記行為は、控訴人に対する不法行為にあたらない。

以上要するに、浜崎の行為は、債務不履行および道義上の問題を残すにとどまり、不法行為にはあたらないから、控訴人の被控訴人に対する民法七一五条に基づく請求は、他の主張につき判断するまでもなく、理由がない。

六さらに控訴人は、被控訴人が浜崎との共同不法行為として浜崎の控訴人に対する弁済を不能ならしめる一連の行為をしたものと主張する。しかし、浜崎についても不法行為が成立しないことは前認定のとおりであるから、被控訴人が仮りに事情を知つて本件株券を浜崎に引渡したとしても、控訴人に対する共同不法行為にはならず、その他控訴人の浜崎に対する貸金につき被控訴人が責任を負ういわれはないから、共同不法行為に基づく控訴人の請求も理由がない。

七よつて、控訴人の本件請求はいずれも失当であつて、これを棄却した原判決は結局正当であるから、本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀬戸正二 小堀勇 奈良次郎)

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